福山市(ふくやまし)は、広島県の最東部、備後地域にある市。県内では広島市に次ぐ人口を誇る。1998年に中四国地方で2番目の中核市に指定された。
広島市と岡山市の中間に位置している。中国地方では岡山都市圏、広島都市圏に次ぎ非県庁所在地の都市圏としては全国5番目の規模の福山都市圏の中心都市。
単一事業所として世界で初めて累計粗鉄生産量が4億トンに達した世界最大級の銑鋼一貫製鉄所(JFEスチール)を抱える重工業都市であり、瀬戸内工業地域を構成している。また高い国内シェアを持つ鉄工・金属加工関連産業、繊維、機械製造企業が集積する。市内の工業生産高は約2兆円、工業事業所数は1200と山陰地方を越え、高知県の4倍と日本有数の規模を誇る。
沼隈半島の先端に位置する鞆の浦は古代より「潮待ちの港」として知られ、戦国時代末期室町幕府第15代将軍の足利義昭が京都を追われた1576年から1587年までの11年征夷大将軍として地位を持ちながら拠点を構えた(鞆幕府)。江戸時代には福山藩の初代藩主・水野勝成によって綿花栽培が奨励され、その後の備後絣やデニムの生産へと発展した。市制施行は尾道市(1898年)、呉市(1902年)に遅れる1916年と戦前までは繊維産業が盛んな小都市に過ぎなかったが戦後、備後工業整備特別地域に指定され重化学工業化とともに経済規模が急拡大、瀬戸内海の主要都市の一つとなった。都市圏は県境を跨ぎ地理的歴史的にも関係の深い岡山県井笠地方(井原市・笠岡市)にまで広がる。